「豊前(ぶぜん)」
「豊後(ぶんご)」
この2つ、聞いたことはあるけれど
- どこにあったの?
- 読み方は?
- 何がどう違うの?
と、意外とあいまいな人も多いのではないでしょうか。
この記事では、
- 豊前・豊後の正しい読み方
- それぞれがどこにあったのか
- 地名の由来と分かれた理由
- 現在の都道府県との関係
を、初めての人でもわかるように徹底解説します。
「豊前」「豊後」の読み方
まずは基本となる読み方です。
- 豊前:ぶぜん
- 豊後:ぶんご
どちらも現在の地名ではなく、
古代〜明治初期まで使われていた「旧国名」です。
豊前・豊後はどこにあった?
もともとこの地域は、
「豊国(とよのくに)」
と呼ばれる一つの国でした。
その後、行政区分の整理によって
- 豊前国(ぶぜんのくに)
- 豊後国(ぶんごのくに)
の2つに分かれました。
豊前国はどこ?
豊前国は、現在の
- 福岡県東部
- 大分県北部の一部
にあたります。
代表的な都市・地域としては、
- 北九州市(旧小倉周辺)
- 行橋市
- 豊前市
などがあります。
豊後国はどこ?
豊後国は、現在の
- 大分県の大部分
にあたります。
大分市、別府市、中津市など、
現在の大分県の主要エリアの多くが
豊後国に含まれていました。
なぜ「豊前」と「豊後」に分かれたのか
豊前・豊後という名前の違いは、
都(朝廷)から見た位置関係が基準になっています。
この場合の基準は、
京(奈良・京都)
です。
- 京に近い側 → 豊前(前=手前)
- 京から遠い側 → 豊後(後=奥)
つまり、
「前」「後」は東西や南北ではなく、
都からの距離感を表しています。
「豊」という字が使われた理由
そもそも「豊国」という名前には、
- 土地が肥沃
- 農産物が豊か
- 食料生産に恵まれていた
といった意味が込められていました。
九州北部〜東部は古くから稲作が盛んで、
朝廷にとって重要な穀倉地帯だったため、
「豊」の字が使われたと考えられています。
豊前・豊後の違いを簡単に比較
- 豊前:福岡県東部中心/京に近い側
- 豊後:現在の大分県中心/京から遠い側
同じ「豊国」から分かれた兄弟のような関係ですが、
地理・文化・歴史の歩みには違いがあります。
現在も残る「豊前」「豊後」の名前
旧国名は廃止されましたが、
- 豊前市
- 豊後高田市
- 豊後大野市
など、現在の市町村名として今も残っています。
また、
といった地形・海域の名称にも使われており、
旧国名が現代まで受け継がれている例と言えます。
まとめ
豊前・豊後の違いをまとめると、
- どちらも元は「豊国」
- 京からの距離で「前」と「後」に分割
- 現在の福岡県東部と大分県に相当
という関係になります。
地名の由来を知ると、
ニュースや旅行、歴史の話が
ぐっと理解しやすくなります。
九州を訪れる際は、
ぜひ「豊前」「豊後」という名前の背景にも
注目してみてください。
当ブログでは、旅行にまつわる疑問などを分かりやすくご紹介しています。ぜひご覧ください。

