近年、SNS上で「さす九(さすが九州)」という言葉を見かける機会が増えました。
主に、古い価値観や理不尽な出来事を揶揄する文脈で使われることが多い言葉です。
一方で、この表現に対して不快感や違和感を覚える人がいるのも事実です。
本記事では、「さす九」は差別用語と呼べるのか、そしてなぜこの言葉が気軽に使われているのかについて、
感情論ではなく背景や構造の観点から整理していきます。

本内容は、当サイトの趣旨である地名の由来など旅行がもっと楽しくなる情報とは異なったものですが、ぜひ今一度考えてもらいたいと思い投稿しました。
「さす九」とはどのような意味で使われているのか
「さす九」は「さすが九州」を略したネットスラングで、主に以下のような場面で使われています。
- 男尊女卑的な発言や行動を見たとき
- 上下関係や年功序列が強いと感じたとき
- 時代錯誤な慣習に直面したとき
多くの場合、特定の個人や出来事に対する皮肉として使われていますが、
言葉の形としては「九州」という地域全体を指している点が特徴です。
どんな使われ方をしているのか?
では実際にはどのように使われているのでしょうか。下記は実際にSNSで投稿されていた例になります。
「身近にいる男性がさす九すぎて」「やっぱりさす九だった。風土病だよね」「最後の一言にさす九感…」
また、使用されているのはSNSでの個人の投稿だけではありません。
Yahoo!ニュース|九州男児を揶揄する「さす九」!脱出して初めてわかる「あれはひどかった」…“さす九”漫画に1.8万の反響【作者に訊く】
上記は大手のネット記事です。このように、SNSでの個人の投稿だけでなくネット記事やテレビ番組などメディアでも使用されています。
上記の記事では「地域全体を述べているわけでは…」との見解も記載されているものの、タイトル記事は明らかに「さす九」という言葉を「九州の人=ひどい人」という意味で使い、閲覧者の目を引くために利用しているように見受けられます。メディアではこのような使い方が目立つ印象です。
「さす九」は差別用語にあたるのか
結論から言えば、「さす九」は現時点で法律や制度上、明確に差別用語と定義されている言葉ではありません。
放送禁止用語などに指定されているわけでもありません。
しかし、差別かどうかは必ずしも公式な定義だけで決まるものではありません。
社会的には、特定の集団をネガティブな文脈で一括りにする表現は、
差別的に受け取られる可能性があります。
なぜ「さす九」は問題視されにくいのか
「さす九」が比較的軽く扱われている理由として、いくつかの要因が考えられます。
- 国内の地域に対する表現であること
- ネットスラングとして冗談や皮肉の文脈で使われていること
- 「事実を言っているだけ」という認識が広まりやすいこと
一方で、日本人が海外でステレオタイプな表現(例:つり目ジェスチャー)を受けた場合には、強い差別意識が問題視されることが多く、この扱いの差に違和感を覚える人もいます。
問題の本質は「行為」ではなく「地域」に向いてしまう点
本来、批判されるべきなのは特定の行為や価値観であるはずです。
しかし、「さす九」という言葉は、その矛先が地域全体に向いてしまう構造を持っています。
その結果、当該の行為とは無関係な人までが一括りにされ、不快感を覚える状況が生まれてしまいます。

九州出身や在住の人による、嫌な思いをした実体験から「さす九」と言う人もいるでしょう。しかし、地域全体に向いてしまう表現は正しいのでしょうか。
「差別かどうか」よりも考えるべき視点
「さす九は差別用語なのか」という問いに明確な答えはありません。
しかし、重要なのは、その言葉によって不快に感じる人が存在しているという事実です。
冗談やネタという意図であっても、受け取る側がどう感じるかによって、言葉の意味や影響は大きく変わります。
私たちにできること
SNSでは短く強い表現ほど拡散されやすくなります。
だからこそ、その言葉が誰を対象にしているのか、誰を傷つける可能性があるのかを一度立ち止まって考えることが大切ではないでしょうか。
地域や文化を理解するための言葉が、分断ではなく対話につながるものであることが望まれます。
